家庭教師ラリーはトライ3

ー 頭の中で、ピンク色の嵐が吹き荒れていた。

ー なぜピンク色とわかるのかはわからない。けどソレは明らかにピンク色したタイフーンだった。ギュンギュンと、脳の端から端までまんべんなく、特濃の快楽が駆け巡っている。

ー イく直前の快感と高揚感と興奮と、背中をせっつくような衝動と多幸と感動と。世の中にある「キモチイイ」の全てを生搾りした濃縮汁でトロトロと脳ミソが漬け込まれていく…。

ー 同時に、強烈極まりない性衝動が、俺の意識をヌラヌラと支配し始めた。欲しくて欲しくてたまらない…あたたかい、人の、肌が…。


「ヘイ、ラオ、どうよ?なんか言えよ…!」

 ケムリを吸って息を止めたままベッドへ横になった俺に、ラリーがささやくような小声で話しかけてきた。それを合図に、俺は肺に溜めていたケムリをボッハァアアア!と吐き出した。しばらく息を止めていたハズなのに、俺の肺が吸収し切れなかった残りカスであるハズのクラックのケムリは、さながらゴジラの白熱光のように真っ白なケムリの太い柱を宙に発現させた。口から白いケムリの柱だ、これは、ゴジラだ。間違いない。神妙なまでに心の底から「俺はゴジラ」で納得した。

 シャブでもクサでも、ここまでの経験は一度も無かった。あのクラスの白熱光的なケムリを吐き出したのは、後にも先にもあのときだけだ。それほど濃厚なケムリを吐いた、つまり、それをも遥かに凌ぐ量のクラックのケムリを、俺は吸って肺に溜めていた、ということになる。おいラリー、ハイアタックが過ぎるぞ。ラリー、やってくれたなラリー。

「どうよ?いい感じか?大丈夫か?」

 トロンとして何もしゃべらない(実質的には今この状況じゃ話せない)俺に、今度は心配そうな顔で語りかけながらラリーが近づいてきた。

 お、お、おいおいおい、コイツってこんなに美男子だったか?まるでリバーフェニックスの精悍な顔立ちとレオナルドディカプリオの可愛さとジョニーデップの悪役的カッコよさをミックスしたような、俺の理想とする色男じゃねぇか!クスリで脂ぎった顔も目の下のクマも歯が欠けたダサい口元も、セクシー、そう、今日のお前は特別セクシーだぜ!


 ギリギリそこでハッと我に返った。俺は今、ラリーに抱きつきたくてたまらなかった。抱きついて服を脱がしてキスをして肌を重ねたいと、明確に思っていた。

 いや、それを考えている間も、ラリーが魅力的に見えて仕方がない。こんなときに思い出さなくてもいいじゃないか、ヘロ中には同性愛者が多いらしいなんてウワサ話!そうか、こういうことか、強烈なハイは性別など軽く飛び越えるって話は!まずい、まずいぞ!ラリーが心配して俺の手なんか握ってきたとしたら、今の俺は確実にその手を引き寄せて抱き締めてしまう!薬効に負けるな!俺!ラインを越えるな俺えええええ!!


 俺の超絶葛藤をパニックだと勘違いしたラリーが、「どうしたんだ?」と焦って聞いてきた。だからそれに乗って、「心臓がドキドキして動けない」と伝えたつもりが、どうやら俺は心臓発作、ハートアタックと伝えてしまったらしい。今度はそれを聞いたラリーが焦りまくり、「おーい!マジかよ!どーすりゃいいんだ?救急車はダメだ!クスリがバレる!ヤベェ!オーマイガアアアッ!!」とシラフでパニック状態に陥ってしまった。

 俺は「今だ!」とばかりに立ち上がり、ラリーの制止もきかず、ドアを開けて外に出て、同じモーテルにいる友人の部屋へフラフラのまま逃げ込んだ。ホンダをシェアしてるマサトだ。

「えっ?なに?えっ、どうしたのラオ、顔が真っ赤だよ!?」

 ラリーに欲情したことは伏せながら事の顛末を話すと、マサトは笑いながらドリンクを差し出してくれた。が、今はそれの飲み下し方すらわからないほどハイ過ぎて、とにかく少し落ち着くまでここに居させて欲しいと伝えた。そのかわりに、さっきラリーから教わったクラックの知識を、さも俺が知っていたかのようにマシンガントークしてやっている内に、だんだんと気分も落ち着いてきた。

 ああ…助かった…。


 俺の部屋へ戻ると、まだラリーは焦った顔して室内を行ったり来たりと悩みながら歩き回っていたようだった。

「おい!どこ行ってたんだ!?発作は大丈夫か!?」

 余裕を取り戻した俺は、ああ、発作じゃなくて、ハートがビートしてただけだ、なんてジョジョみたいなことを言ったあと、悪かったな、でも最高に楽しかったぜ!とラリーに手を差し出して握手をした。

 クラックをトイレに流して逃げようかと思ったぜ!なんて、絶対にやりそうもないことを口にしながら、ラリーも少し落ち着いたから帰るわと、疲れた様子で自分の家へ帰って行った。


 次の日、クサを買いに行った。いつものプッシャーのところだ。そいつに昨日の顛末を面白おかしく話したら引き吊ったような笑みを浮かべつつ、こんなことを俺に小声で忠告してきた。

「ラリーとツルむのは楽しいのかも知れないが、お前はストレート(ノンケ)だろ?アイツはな、バイどころかトライだから気を付けろよ。トライセクシュアル、女も、男も、動物も、ファックする

 ………。


 あれから数十年経った今も、テレビで「家庭教師のトライ」のCMが流れるたびにラリーのことを思い出す。最後はコカインでつかまった、と思ったら二ヶ月で出てきたラリー。拘置所は楽しかったか?なんて聞けやしなかったが、俺のビザ切れと同時に縁が切れた、そんな刹那的で濃密なドラッグの兄貴分。今もどこかで元気にラリッているんだろうか…。

 ちなみにラリーが俺に吸わせたクラックの量は、コカイン1.5g分あたりだったと、ずいぶん後になってわかった。だから俺は、コイ君には0.5g程度の優しいハイアタックを仕掛けてみたってわけさ。

 最後に一言だけ残す必要がある。俺は、ストレートだ。抱かれたいからハイアタックしたワケじゃねーからな、コイ。

 そんでもって、クラックはやはり、世界最強のアッパードラッグなのだ。