ニューヨーク南6番街の奇跡2

「これから〇〇〇に行くけど一緒に来るか?」

 午前のショーが終わったチャーリーが、カップの中からそこそこ大量のチップを取り出してニヤつきながら俺に話しかけてきた。しかし残念ながら俺にそのすべてを理解できるような英語力は無い。しきりにラップがどうとか友達がどうとか言ってるけどまるでわからん。でもまぁどうせヒマだしと、行き先も不明のまま付いて行くことにした。

 暗い地下鉄ホームにアジア人と黒人、そしてタイコがわりのバケツの山がきれいに並んでいる。あ、なんかこれシュール…なんてニヤけてはみたが、実のところ俺は少しビビッていた。当時はまだ悪名高かったニューヨークの地下鉄、土地勘ゼロに行き先不明の突発イベント、そして申し訳ないが、やはりチャーリーが黒人というところに対して警戒してしまっていた。

 しかし、その警戒心もあながち間違ってはいなかった。チャーリーが俺を連れて行ったのは、ハーレムという名の黒人街。海外ニュースでよく銃撃戦とかいろいろと事件が起こっているという街じゃなかったかな、ハーレムって…。

 駅から数分も歩いたところにある古びたビルにチャーリーは俺を案内した。エレベーターのドアが開くとすぐガラス戸があり、その奥に総勢15人くらいかな、チャーリーと同世代っぽいヤツラがたむろしている感じだった。

 ああもうコレは完全にギャングです、お母さん今まで本当にありがとうございました。

 完全にビビって棒立ちする俺をチャーリーがみんなに紹介した。すると、順繰りに握手しにやって来る気持ちのいいその若者たちは、実際はギャングでもなんでもない、そこらのお兄ちゃん達だったというね…いやホントに怖かったんだよ、最初は。

 んで、その集まりが何かって言うと、仲間内の一人がラップでメジャーデビューするから、そのレコーディングの応援で集まったんだって。確かに奥のブースでは黒いストッキング生地みたいな帽子?をかぶった黒人の兄ちゃんが大きなマイクに向かって歌っているのが見える。

 会話も歌もまるで理解できない俺は、ただ黙って座り、ジョイントがいつ誰から飛び出してくるのかを今か今かと待ち構えていたんだが、突然チャーリーともう一人が小競り合いを始めやがった。たまに俺の方をチラチラと見ながら大声でわめいているから、なぜ関係の無いアジア人なんか連れて来たんだ?みたいな調子だったのかもしれない。あちゃー、これは気まずいなーなんて思っていたら、チャーリーが俺のところへやって来て、気分悪いからもう出ようと言い出した。

 ほんで、なんとなくの流れでチャーリーの家に行くことになった。家にクサはあるのかを尋ねてみると、残念ながら今は無いと言う。じゃあどこか買えるところは無いかと訊くと、レコーディングのビルから歩いて10分くらいだったかな、薄暗い十字路の隅でタムロしてるヤツらを見つけ、たぶんあいつらなら持ってるだろうと言うので、俺はチャーリーに40ドルを渡して見送った。

 タムロしている黒人連中をよくよく見てみれば、おそらく中学生くらいの完全なキッズじゃないの…ハーレムってのは子供が売り子やってんのかよ…。なかなかハードモードな人生を目の当たりにしてMP削られたけど、実際クサも手に入ったし、あとはチャーリーの根城でニヒニヒとマッタリしたいところだよな。

 その十字路からすぐのところにあった汚いバーガー屋でメシを調達し、そこからまた5分くらい歩いたところにあるボロボロのマンションがチャーリーの家だった。けっこう高いビルなのにエレベーターが無い。そして、階段の踊り場で寝ているヤツがいる…映画だよマジ。

 古く重そうなドアに付いた厳重なる3つの鍵を開けて部屋へ入った。比較的小ぎれいな、というか、家具らしい家具があんまり無い殺風景な部屋ではあるが、構造としては2LDKとそこそこ広い。どうやらルームメイトがいるらしく、もうすぐ帰って来ると言っているのは理解できた。

 さて、さっそく吸いましょうか!とネタを出した俺とは逆に、チャーリーはハンバーガーを喰い始めた。マンチも嫌いじゃないけど、腹を満たしてからゆっくり吸う方が好きらしい。じゃあお先にと、カンのパイプを作って吸い始めたら、変な吸い方するって笑われた。

 しばらくチャーリーの生い立ちみたいな話を黙って聞いていたが、俺にはその英語も理解できなかったし、その時にはすでにだいぶラリッてたんで内容もほとんど覚えていない。ただ、テレビに繋いだプレステ1にCDを入れ、リズムトラックって言うのかな、ヒップホップのラップ無しバージョンみたいな音をずっと鳴らしながら、俺との会話もその音に合わせてラップのように話しかけてくるチャーリーは、ヒップホップが苦手な俺にも少しかっこよく見えた。

 しばらくすると玄関のドアが開く音がした。そして俺とチャーリーのいるリビングルームへノッソリと入って来たのは、前項のハスラーにも似た長いドレッドのお兄ちゃん。俺を見るなりウォウ!と驚きつつもニッコリと笑って挨拶をしてきたそのドレッドに対し、チャーリーがラップ調で話しかける。そして返答もまたラップ調。目の前で唐突に始まったラップバトル、もとい、それはライム遊びというものらしいのだが、これがまぁ止まらない止まらない。止まるのはCDのリピート機能でキュルキュル鳴っている間だけだ。

 しばらくそのやり取りを眺めながらクサを吸っていると、日本人もクサ吸うんだなと、まるでハスラーと同じようなことを言われた。そしてそこからは、そのドレッドからのラップ調での質問責めが始まった。しかしそれはとても簡単で優しい英語で、俺でも十分に理解できるレベルのものだった。

 日本や家族について聞かれた後、NYで仕事をクビになった話でひと笑いを取り、そこから先日までいたロサンゼルスの話になった。そういえばこないだサイプレスヒルのスモークアウトってイベント行ったんだよ、と話したら、そのドレッドも行っていたというじゃないか!なんという偶然!そうかー、俺は会場の真ん中あたりでラリッてたけど、お前はどこにいたんだ?と訊くと、なんとステージにいたと、歌っていたと言うじゃないか!!

 えっ?えっ?どういうこと?

 ほらほら、コレ覚えてねーかな、ノー・ガン!ノー・ドラッグ!

 …うおおおおおおおおおお!!覚えてる!!覚えてるよソレええええええええ!!

 いやコレほんとにすごくない?こんな奇跡ある?NYでたまたま知り合ったストリートパフォーマーの家に行ったら、そのルームメイトがプロのラッパーで、しかもつい数日前に行ったイベントに出演してたってさ、さすがにホラかウソにしか聞こえねーだろ!?さすがのラオちゃんもコレばっかりは腰抜かしたよ。えええっ!?うえええええ!?ってなるでしょ誰だって。

 元々ヒップホップは聞くタチじゃないけどさ、この日ばかりはチャーリーとドレッドのラップに酔いしれたよね。しかもまた途中で帰ってきたもう一人のルームメイトも、今度はレゲエのプロシンガーだと言い出す始末。俺の目の前でラップとレゲエのプロがフリースタイルで会話してる。この時空間ヤバイ、それだけはわかる。ヒップホップファンならきっと気絶モンだろう。

 その二人に負けじとチャーリーも奮闘していたし、自分のルームメイトがすごいヤツらだって俺が理解した時のドヤ顔も可愛かったなぁ…。

 自分がいつ寝てしまったのかは覚えてないが、朝起きると知らないメンツが何人も増えていて、そこらへんにゴロゴロと死体のように転がって寝ていた。一人だけデブの白人女も混ざっていたのが不思議だった。黒人コミュニティに白人の、しかも女が混ざることなんてあるのか、と。ま、これは後に聞いた話だけど、黒人のチンポが好きな白人女ってのは一定数いるらしい。チャーリーは混ざらないらしいけど、よく家に来る豚だと言っていた。

 そのままみんなが起きるのを待っていてもよかったが、それはそれで疲れそうだしと、チャーリーだけを小突いて起こし、先に帰ることを伝えてその家を出た。

 なんとなくまたNYの中心部へ戻ろうと電車に乗ったとき、あのドレッドの兄ちゃんが何て名前だったのかも覚えていないことを少し後悔した。まぁまたチャーリーを探せばいいか、そう思っていたんだが、そこから二日ほど見つけることができなかった。

 次にチャーリーと会ったのは、例の夜から三日目の夕方。初めて会った時と同じ場所で人だかりを作っているところを見つけた。

「頼みがあるんだが…俺の代わりにホテルの部屋を借りてくれないか?」

 その日のパフォーマンスを終えたチャーリーが、とても申し訳なさそうに聞いてきた。なんと、NYの中心部では若い黒人に部屋を貸してくれるホテルなど無いらしい。単純に、黒人差別という自然現象である。いや、代理で借りるのは別にいいけどさ、なんでホテル?って訊いたら、チャーリーは少し照れながら、さっきビッチを引っかけたんだよ、と自分の後ろを指さした。

 うーむ…これは…なんというか…デカい女性ですね…。俗に言う巨デブという部類に入るだろう。ぶ厚い遠視用メガネをかけ、髪の毛はチリチリの…パンチパーマみたいな感じ。俺が挨拶しても笑顔ひとつ無しの不愛想。チャーリーよ、俺も人のこと言えないが、メスならなんでもアリかお前

 そして、ホテルを探すためにタクシーを止めるのも俺の仕事だった。黒人が手を上げても停まってくれるタクシーなど無いそうだ。さすがにこれは厳しい現実だなぁと感じた。

 中心部から少し離れた場所にあったホテルで部屋を二つ借りた。チャーリーカップルと俺の寝床だ。フロントのインド人はチャーリーを見るなりあからさまに怪訝な顔をしたが、俺はもう金を払い終えている。心配するな、こいつらは交尾するだけだ。そう心でつぶやきながらエレベーターに乗り、ニヤつくチャーリーと握手をしてから、じゃあまたなと自分の部屋へ入った。それが、チャーリーとの最後の会話だった。

 次の日からまた数日間チャーリーを探してはみたんだが、結局見つからなかった。NYでやりたいことももう無いし、残念ながらクサも無くなった。俺は成田行きのチケットを買い、一人日本へ帰ったのだった。

 日本を出国してから三週間も経っていなかったが、LAもNYもいろいろあり過ぎた旅だったので、成田に着いた瞬間なんだかとても懐かしい感覚がした。そして、空虚な寂しさに襲われた。ああ、帰ってきてしまったんだな、と。

 同時に思った。そ-だ、ドレッドの名前ってなんだったかな、と。

 グルグルと、奇跡が巡る、良い旅だった。

 ふー長かった…。短くまとめる能力が無いのでね、いつもごめんなさいね。ついでにもう一つ面白い話を思い出したんで、ここまで来たら書いておくわ。

 前項で書いた紅茶事件の後、そうだ、チャーリーと別れた直後だったかな、また街をブラついてた時、ピンク色のネオンが目に飛び込んできたんだよ。女が横たわっているシルエットの足だけが3段階でパカパカと動くような、あからさまにエッチィやつがね。

 ガラスのドアから中を覗くと、ああこれはエロビデオ屋さんですね。ちょっと見てみますか。

 そこそこ広い店内の壁という壁にエロビデオが並んでいた。もしかしたらバイブとかもあったかもしれない。しかしその商品群に俺の目が奪われることは無かった。なぜなら店の真ん中に3人の美女が立っており、俺が入るなり「ハ~ア~イ!ハンサムボ~イ!」と話しかけてきたからだ。

 えっ?ここってつまりそういうトコロなんですか?心の準備もできないまま、一番積極的なお姉さんに手を引かれ店の奥へ連れて行かれた。そこには電話ボックスのような黒い箱が立っており、英語の説明が通じないと理解したお姉さんがしきりに「ストリップ」という単語を連呼しながら、俺にその箱へ入るよう促している。ほほぅ、おもしろいじゃないか。値段は20ドルか。それなら試さずんばエロを得ずだな!

 ボックスの中には小さな椅子がひとつ置いてあり、目の前にはブラインドで何も見えないガラス窓があった。明かりはほとんど無く、ブラインドの向こう側の光がその汚いガラス越しに透けてくる程度でほぼ闇である。

 唐突に、ガラスの向こう側にスタンバったらしいお姉さんが「20ドルをマシーンに入れて!」と叫んだ。ヴィーンと吸い込まれる20ドル札。と同時に上がり始めるブラインド。

 ああ、そういうことね、ハイハイハイ。日本で言うところの覗き窓ってヤツだねココは。

 しっかしアメリカンなストリップってのはアレだね、オモムキが無いね。クネクネしながら服を脱いで、そこまで大きくないおっぱいを揉みしだいたり乳首を舐めてみたりと、これならエロ本を見る方がよっぽど興奮できるわい。

 そのチープなショーを俺は腕を組みながらしばらく眺めていたところ、そのお姉ちゃんが少しイラついた感じで「脱いで!コスッて!」みたいなことを言葉とジェスチャーで伝えてきた。あーハイハイ、キミを見ながら自分で抜くわけね、うっわコレきっつい

 興奮もしてない上に、これまたそのボックスの中も寒いんだわマジで。キンッキンに冷えてやがるってヤツ。でも何もしないってのも悪いなと思い、おもむろにズボンとパンツを下げた俺は、味のしないストリップと緊張と寒さでキュンキュンに縮こまったドングリみたいなチンコをローションも無いままコスり続けた。途中、面倒になってコスるのを止めたらお姉ちゃんが「止めるな!続けろ!」みたいに俺をあおるワケ。センズリに厳しい不自由な国アメリカ。

 そうこうしてたらいきなりブラインドが自動でゆっくりと下がり始めた。だんだんと見えなくなるそのブラインドを追いかけるようにお姉ちゃんも顔を下げつつ「20ドル!20ドル~!」とおねだりをしてきた時はさすがに笑ってしまったが、同時に気付いたのは、目の前にあるガラスが汚いのはすべてザーメンが飛んだ跡だということ。うっわココやっぱきっつい。

 後から考えるとティッシュも何も置いてなかったし、もちろん手を洗う場所だって無い。つまりシコッた客はその手でドアノブを…ギャーッ!!

 寒空の下を急いで宿へ戻り、シャワーで体を温めたり清めたりしてから自嘲気味にフテ寝するラオちゃんでしたとさ。ちゃんちゃん。