これがかの悪名高きクラックか…。
部屋へ着くなりラリーがポケットから取り出した乳白色の塊は、そこらへんに落ちてるただの小さな石コロのように見えた。大きさは親指の先っちょほど。見るのも初めてだったから、その量が多いのか少ないのかも俺には分からない。ただ、アブって吸うらしいという知識を当てはめると、それは間違いなく二人分以上はあるだろうってことだけはなんとなく分かった。
「なんだ、やったことないのか?これはな…」
俺が未経験だと知ったラリーは、クラックにまつわるありとあらゆる情報を、さっきの車の中よりさらに真剣な顔して教えてくれた。クラックはコカインからできていること、同じクラックでも二種類あって、ベーキングソーダで作ったモノをフリーベース、アンモニアで作ったモノをクラックと呼ぶこと、ベーキングソーダで作ったモノをクラックと呼んでるヤツはモグリだってこと(これはアイツの思い込みで、どちらもクラックで正解)、もし自分で作りたいならベーキングソーダの方が楽だってこと、その時は絶対にベーキングソーダとベーキングパウダーを間違わないようにすること、などなど…。
この時ほど「ベーキングソーダ」って単語の集中砲火を浴びた日は無いな。まるで「明日のテストに必ず出るからベーキングソーダだけは絶対に間違えるなよ!」と詰め寄る厳しい家庭教師のように、膨大な量のクラック知識を俺に叩き込んでくれた。
いい加減ラリーの早口英語にも疲れてきたころになって、ようやくクラックの世界へ旅立つ準備が始まった。ここまでが実に長かったわけで…。
今回作るのはもちろん簡易クラックパイプなんだが、途中まではクサの「空き缶パイプ」とまるで同じ行程だった。ビールの空き缶を軽く洗ってプルタブをネジ切り、飲み口から垂直に下りた底面手前の側面をヘコませて、ラリーが常備している十徳ナイフのキリでいくつかそこへ穴を開けた。
次は山盛りの灰皿から吸い殻だけをゴミ箱に捨てて、底に溜まっている灰をつまんで空き缶に開けた穴のあたりにそれを積み上げる。アブったときに溶けたクラックが灰に染み込み蒸発しやすくするためだとか。確かにその灰が無いと溶けたクラックが全部缶の内側に落ちてしまうだろうからな。ジャンキーのクスリに対する知恵と情熱ってのはスゲーよな。
つたない英語理解力と観察力で、ラリーがそんなことを説明していることは理解できた。でだ、問題はその灰の上にラリーが載せたクラックの量だ。なんかバファリンくらいデカいんだが、これホントに一発分か?もしこれがシャブなら重さ的には0.5gくらい載ってるように見えるんだけど…。ドンウォーリーとか言ってるけどニヤついてんじゃねーかよテメー!
俺の心配をよそに、ラリーはその灰の台座に置かれたクラックの塊へ向かってライターの火を当てて吸い口からポッ!ポッ!と空気を吸い込んだ。そしてクラックがジュワッと溶け始めたのを見るや否や空き缶パイプを俺に手渡し、「今だ!ラオ!吸え吸え!」と俺をせき立てた。その勢いにつられて俺もカンに吸い付き、ジュワジュワと音をたてて気化するクラックを、ラリーがアブるままガツンガツンに吸い込んだ。
ゆっくりと、クラックの蒸気が、喉を降りていく。シャブと近いケミカルなニオイ、素敵な香りだ。スムースなトロミを帯びたほろ苦い濃密なケムリ。悪くない。
しかしもう充分だと手を振ると、ラリーはニヤついた顔で「まだだ、これはお前の分のクラックだから全部吸え!」と、アブるのをやめてくれなかった。
吸ってるから何も話せないけど、これさ、もしかしてけっこうトンデモナイ量なんじゃないか?ケムリの存在感=量がすごいんだけど…。
さすがにもう吸えないってギリギリのところでカンから口を離したが、実はもう吸ってる途中から変化は起こり始めてたんだよね…。
ー あれ?部屋が明るくなった?ん?うわっ!ぐおお!な、なんじゃこりゃ!!なんじゃあこりゃあああ!!
ー …ゴゴゴゴゴゴゴゴゴオオオ!