何度目かの逮捕は地方の県警だった。俺の活動区域からはずいぶんと離れたところに勾留されたもんだから、こんな遠いところにゃ面会なんぞ誰も来てはくれまいと諦めていたところ、少し長く勾留されている間に数人の仲間が檻の中の猿(俺)を観察しにやってきてくれた。
その中の一人が今回の主人公であるコイズミ君、略してコイ君だ。
「おいーラオー、なにやってんだよぉー」
留置場の面会室、強化プラスチックの仕切りの向こうからやってきたアイツは、俺を見るなりそう言った。悲しそうな顔を作ってはいるが、セリフなんて完全に棒読みだし、口許が笑っているのはどう見てもバレバレである。
監視役が横にいるためハデな話こそできないが、コイ君は今回の俺の逮捕で芋づる式に持って行かれたヤツはいない、という非常に重要な情報を隠語混じりに伝えてきた。さすが、としか言いようがない。外の事情を知っているかいないかで対検察の自供内容もかなり変わって来るからだ。
ヤツは帰り際に「中はヒマなんでしょ?本の差し入れあるから是非読んでみてよ!」と爽やかに帰っていった。
その差し入れの一冊が「パルプフィクション」だったのには笑わせてもらったよ。ドラッグで捕まった俺にドラッグの物語を読ませようとするあたりが実にコイ君らしいイタズラだった。
そんなコイ君も今でこそ「やっぱ酒が一番だよね、捕まらないし」なんてオトナなことを言う普通のオジサンになったが、10年ちょっと前までは重度のクサ&アシッド中毒者、前科が無いのはそのインテリチックな見た目のせいか。
いや、確かにコイ君はある程度の節度、ラインを超えてくることの無い、クサとアシッドのみのジャンキーではあった。俺の手元にコカインやシャブがあっても、「そっちのハードケミカルはやめておくよ」と、かたくなに乗って来ない常識派ではあったからな。タマはたまに食うくせに。
あるとき、いつもの焼肉屋で飲もうという連絡がきた。俺とコイ君、そして薬と名のつくモノならなんでも口に放り込んじゃう無差別ジャンキーリョーキチの三人が集まり、そこが半個室なのをいいことにジョイントを回しては排煙フードへ向けて煙を吐き続けるラリラリラリーを焼肉ビールとともに楽しんでいたんだが、そんなメンツでの話題といったらそりゃあドラッグ以外ないだろう。
俺は基本的に性的快楽のために薬を食う。お前らはキメオナしないの?じゃあ一体何するの?と俺が訊くと、コイ君とリョーキチはクサ、タマ、アシッド、シャブ、キノコ、まぁ何を入れたとしても完全にインドアで音楽を聴くかサッカーゲームをするかの二択だと言う。
リョーキチに限っては、抜け際にオナニーで落として寝るというからまだ理解できる。が、コイ君はかたくなに「俺はエロい方向には行かないんだよねー」と折れないのだ。クサと音楽でハッピーね、ふーん、まぁ俺には興味ない世界の話だし、楽しみ方は人それぞれだしなぁ…。
それからまたしばらく経った頃、俺の手元に少し多目のコカインが届いた。ただそれはあまり質のいいネタではなかったので、ちょいと魔法を使ってフリーベースへ錬金、そのタイミングでまたコイ君から飲もうと誘われたので件の焼肉屋で待ち合わせた。
「ではお言葉に甘えてデビューするかな!」
クラック持ってきたけどやってみる?そんな俺の軽いお誘いに乗る形で、コイ君はとうとうその夜にハードケミカルの扉を開けることとなる。コイ君もドキドキだろうが、クラックでブッ飛ばされるヤツを目の前で見られる俺も興奮していた。
スチールタワシの一部を切り取ってライターであぶり、それを耐熱ガラスの筒へ入れて割り箸で片側に寄せてつぶす。さぁ、これだけで簡易クラックパイプのできあがりだ。
パイプの先にクラックを詰め、それをコイ君へ渡した。先端をライターであぶりながらゆっくり吸って息を止めるだけだよ、と教えると、「ドキドキするな!」なんて言いながらもすぐさまクラックの真っ白な煙をガンガンに吸い込み、ヤツは目をつぶって下を向き沈黙した。
- シュルシュルッ!ゴオオオオオオオオッッ!!
- まさに今、コイ君は襲われているはずだ。あのクラック特有の、強烈極まりないピンクタイフーンに。初めて味わう、怒涛のような「多幸感そのもの」に。
お前を見てるこっちまでブッ飛ぶぜ!!
ここで改めておくが、コイ君はたとえタマでもシモには来ない、クサやアシッドなんて音楽のためにしか使わない、そう豪語していた。
そんなクールライフを送っている彼が、クラックのピンクタイフーンに襲われながら顔を上げ、潤んだ瞳で俺を見るなり、ハフンハフンと息を荒らげてこう言った。
「ラオ、ちょっとトイレでチンチンこすってきていい?」
ぎゃっはっは!!行ってこい行ってこい!効き目は15分だ、今すぐ行ってこい!!ぎゃーっはっは!!
フラフラとトイレへ向かうコイ君を見送りながら、「3ヒット分くらいは詰めたからなぁ…」とニヤつく俺、大勝利!初心者に強制ハイアタック!!おもしろすぎる!!
そして20分、汗だくで顔を真っ赤にしたコイ君は席に戻るなり真剣な顔で今度はこう言ったさ。
「それ、もうちょっともらえない?」
ぎゃっはっはっはっは!!わかるー!!その気持ちわかりすぎるー!!あのテッペンを享受した直後はみんなこうなる!!だからこそクラックは少量しか持たない方がいい、つまり、さっきので終わりだよ!!
それを聞いたコイ君は、「さすがラオだね、助かったよ!」なんて心にもないことを言いながら、「でもほんのちょっとでもパケに残ってたりしないよね?」なんて聞いてくるもんだから俺はまた大爆笑!!
小一時間も無理矢理酒飲んでいれば落ち着いてくるからちょっと頑張って!と伝え、新しいビールを頼んでじっくりと初体験の感想を肴に終電間際まで飲みながら笑い転げた素敵な一夜でありんした。あー、あれは楽しかったなー!