空港で拉致されて最高な話5

 アフターパーティは、さっきまでの箱で回してたスガとかいうDJの部屋でやるらしい。都内で戸建てにでも住んでいる金持ちかと思っていたら、着いた場所は古い賃貸マンションが並ぶフツーの住宅街だった。アフターパーティって言うくらいだから音だって出すだろうに、この手の人種ってのはこういうところがイカンよな。社会の寛容さに甘えて他人に迷惑をかけたらやっぱりダメなんだよ。でも薬を食わせてくれるなら今回だけは目をつぶろう。よきにはからえ。

 狭い階段を上って行くと、というか一階にいた時点ですでにドンスコドンスコうるさい音が聴こえていたんだが、いざ部屋の前に来てみたらドアが開けっぱなしのまま大音量でゴアが垂れ流しになっているじゃないか。AFTER PARTY HEREと張り紙のある玄関はすごい量の靴で埋め尽くされており、それを踏みつけながらなんとか部屋へ入ってみたら!さっきの箱よりよっぽど人口密度の高い狂乱の宴が繰り広げられてる!これには本当に驚いたよね。

 みんな手に手に酒やらタバコやらジョイントやらを持ちながら音に合わせて踊る踊る!その間をすり抜けるだけでトびそうなケムリの量だ!ふとリビングのテーブルを見たら、缶ビールとワインボトルの間を縫うように白いラインがあちこちに引かれてやがる!こりゃまさにキチガイ沙汰だぞこのパーティ!

 なんとかDJブースにたどり着いてスガに挨拶をした。なんでも、渋谷周辺でのイベントオーガナイザーとしてはかなり有名なヤツらしい。肩書きはともかく、話してみたらめちゃくちゃいいヤツだった。だってさ、初対面の俺に「テーブルのラインもアフガンチョコも好きにしていいから、とにかくこの場を楽しんでよ!」なんて言うんだぜ?そんなこと言われたら5秒でマブダチ認定するわ!

 スガもDJで忙しそうだし、俺は冷蔵庫に入ってたビールを持ってリビングへ急いだ。ひとまず缶を開けてビールをあおると、知らないヤツからもガンガンとジョイントが回ってくる。それを今度は隣にいた知らない美女に渡してお話をする。う~ん、理想郷すぎる。その子はジョイントをガツンと入れて吐き出すと、テーブルに突っ伏して豪快にラインを吸い込み、そしてまたソファへ沈み込んだ。

 このラインてスガのコーク?と叫んでみたら、これは玉を崩したヤツだよぉ~とマッタリとした返事が返ってきた。玉を?砕いて?ラインに???そんなやり方あるの?つーかそれで効く?錠剤系は固めるのにデキストリン、つまり片栗粉を使ってることも多いから、鼻からいくなんて考えたこともなかった。玉を鼻からか、痛そうだな…なんて悩んでいたら、そのマッタリ美女が体を起こして改めてラインを作り始めた。ああ、よく見りゃ玉もそこらにバラバラ落ちてる状態だったから、それのひとつをテキトーに取ってクレカでゴリゴリと砕いてくれたってわけ。

「はい、できあがりぃ~!吸ってみて!」

 なんてイカシたネーチャンなんだ!そのコからストローを受け取って、作ってもらったラインを右の鼻から、その横にあったラインを左の鼻から、ガツンガツーンと連続で入れたら、そのネーチャン手ぇ叩いて笑ってた。「いきなり2ラインいくなんてタフだね~!」そう言ってさっきのジョイントの残りを俺に渡し、その天使は他の天使に誘われてキッチンへと消えていった。

 にわかに始まった恋はこうして唐突に終わりを迎えてしまったワケだけど、ここからはわかるだろ?このときの追いの早さと勢い!ビールを飲み干すころにはシュワシュワが止まらない状態!鼻は痛いけど、それこそ絶好調のワールドチャンピオンってなもんよ!しかもこの玉はグデッとならず、とにかく上へ上へとブチアゲてくれるアゲ玉ってヤツだったんだろう。ハッピー!ラブリー!フレンドリー!知らないヤツにも遠慮なく声かけて、よぉ楽しいなぁ!なんて具合にシンパシーの極地で迷子になっちゃうよね!あー最高!

 気付けば俺もリビングのフロアでバキバキに踊ってた。ガンガンとジョイントも回ってくるし、酒もラインも好き放題!きゃーー!たーのーしー!!


 「ラオ、ちょっとキッチン来いよ」

 しばらく絶好調の向こう側で我を忘れて踊ってたら、ちょっと神妙な面持ちのノビーが俺に声をかけてきた。こんな時にトラブルとかゴメンだな~なんて思いつつも素直についていくと、スガがキッチンの奥で何かやっているのが見えた。スガの肩越しに覗いてみたら、大人の拳ほどもあるチョコを包丁で切り分けている最中だった。 「欲しければグラム4で分けてくれるってよ。トラいく?」そんなノビーの名案に乗らない俺じゃないさ。迷わずトラで!と答えて金を渡した。普通なら初見のヤツにネタを売るなんて嫌がるもんだろうに、スガは明るい笑顔でトラ++くらいの量を俺にくれた。よーし、ここからフロアに流すジョイントは全部俺のを使ってくれーい!俺が大声でそう宣言すると、キッチン周辺にいたジャンキーどもが大きな奇声を発して猿のように喜んでいた。

 さーて、ギャルギャルのダンスでも視姦しに行くかと思ったら、キッチンのガス台で怪しい動きをしているハゲ頭がいたので近づいてみると、ドイツから来たというニーチャン?オッサン?が自国から隠して持ってきたコークをガスレンジでピュアライズしようと頑張ってる最中だった。ピュアライズったって、スチールの皿にコークを敷いてガスで炙り、残っている溶剤を飛ばすだけなんだけどね。

 お前もやるかと言われたけど、確か俺はやらなかったと思う。鼻から入れた玉で十分ハッピーだったし、第一、その量が少なかったから…いやいやいや、やった、やったわ。そんでそのドイツ人としばらく話し込んでいた最中に突然メンドーになって帰ったんだ。

 この狂乱の一夜をどうやって締めたのか思い出せなかったけど、このドイツ人のせい、いや、おかげで「よし、帰ろう」と思えたんだった。

 こうして空港から拉致られて丸一日、ようやく俺は帰路についた。今思い出しても、あのアフターパーティを超える異空間もなかなか無いと断言できる。スガを含めたパリパリピーポーとは二度と会うこともなかったが、ノビーいわく「毎週あんな感じだぞ」とのことだから、しばらくはあの狂乱が続いていたんだろう。そしてきっと、その中の誰かが逮捕されるとか、そんなつまらないことで勝手に沈静化していく。それが「大人になる」ということなのかなと、今は少しだけ思う。トンだ時の夢は夢のまま、思い出せるか出せないかのギリギリあたりで胸に仕舞っておきたいところだな。それに喪失感を覚えたら自分が苦しいだけだ。

ああ、楽しかった。俺は、それだけでいい。