バツとガスでブットブでゲス3

 俺は寝ころんだまま手汗で湿気ったタバコに火をつけ天井に向かってそのケムリを細く長く吐き出した。なんというウマさのタバコだろうか。こんなになめらかジューシーなタバコを作った天才に心から感謝を送りたい。

 ようやくブレが収まった目でケムリを追うと、それはガレージシャッターのスキマから入ってくる外の光と絶妙にカクテルされて、まるで宗教画に出てくる雲のような模様をキラキラと映しながら流れて消えて行った。心地よい音とマットの柔らかさが俺を包み込む。ああ、この無上の喜びよ。そうか、世界はあるがままに完璧だったのだ。

 気づくと俺は一階へ繋がる階段を上っていた。きっと、この感動を誰かと共有したい!とか思ったんだろうな。一段一段を大事に踏みしめ、「俺の大好きなハウステクノ」で踊る若者たちに無邪気な笑顔を振り撒きながら、そのまま中庭へと降り立った。するとどうだ!ふわり、ふわり、ただの芝生のはずなのにまるで雲の上を歩いているようじゃないか!しかも気付けば風船がそこら中に転がっていて、まるでカラフルな雲海だ!手に手にその風船を持ってハシャぐゲストたちは、さしずめ天使ってところか?やはり完璧だ!完璧すぎるぞこのパーティ!

 庭の片隅で感動の連続にしばらく内震えていたら、目の前をたまたま通りかかったネーチャンに「こんにちは!」と話しかけられてしまった。美人だ!ヤバイ!今の俺に美人はヤバイ!なんかよくわからないけど自己紹介とか始めやがった!手を出して笑顔を向けてくる!握手か?こんな天使に汗でびちょびちょの俺の手で触っていいのか?つーか俺は何を言えばいいんだ?挨拶か?えーと、えーと…。

「へっ、へへっ…どどどーもですラオ」

 俺はその場から走って逃げ出した。

 もうここからは動くまい。地下室のマットにうずくまり、必死で多幸感に集中した。玉で現実逃避中に起きた事件から現実逃避するという、なんともマヌケな状態である。

 ベッドマットは相変わらず俺の独占エリアではあったが、アンビエントフロアにも人は集まり始めていた。2-3人のグループがいくつかの塊を作って音に合わせてユラユラと体を揺らしている。出入り口のドアもひっきりなしに開いたり閉じたりと、続々と人が増えて…あれ?人はたくさん入って来るのにすぐ出て行ってしまうじゃないか。次に入って来たニーチャンを目で追ってみると、ドアから左へ行った角のひときわ暗い場所へ向かうが早いか、またすぐ地下室から出て行ってしまった。

 気になった俺はベッドマットから体を起こし、その暗闇へ近付いてみると、なにやら深緑色のオブジェみたいなものが置いてある。そして、これも冗談みたいな話だが、全身を黒いスーツで包んだ黒人が一人、その闇をさらに濃くするように、部屋の隅で静かに座っていた。聞けば朝からずっとそこにいたという。いや、闇にまぎれ過ぎだろオマエ。

「これか?これはラフィングガスだ。やってみるか?」

 WOOと書いてウーだ、そう言ったその男は目の前のオブジェ、もとい笑気ガスのボンベに小さなゴムを取り付けると、バルブをひねって膨らましたそれを俺に向けて差し出してきた。…こ、これは、風船!そうか、そういうことか!庭の無邪気な天使たちは、風船を飛ばして遊んでたんじゃなくて、風船で自分を飛ばして遊んでたってことか!

 とにかく吸えるだけ吸ってみろと言われたので、俺の自慢の肺活量が火を吹いた。風船から押し出される笑気ガスは、まるでバニラアイスを霧状にしたような甘い味と香りがした。気体なのに味があるとは…と、感心した次の瞬間!

ー フワッ!シュパーーーン!

ー 体が浮くような感覚のあと、まるでジェットコースターのようなスピード感で世界が幸福で満たされていく。

ー 春の野原で花冠でも編んでいるような、草原で四つ葉のクローバーでも探しているような、静かでつつましい幸福。

ー …うふっ。うふふっ。うふふふふっ。

 遠くに飛ばされて行くのに、意識はしっかりここにある。玉の多幸感を勢いよく加速しながら、頭の中に存在する負の感情をすべて吹き飛ばしていく。気付けば俺も他のヤツラと同じように、マットの上で愉快にヘラヘラ笑う無邪気な天使になっていた。

 ライターガスもラッシュも飛んでから着地までは長くてもほんの数分だが、笑気ガスのハッピーも同じようにすぐ終わってしまう。しかも俺の肺活量だと二回も吸えば風船はカラになるワケだ。だから俺は、もっとくれもっとくれと、ひたすらウーに風船を作らせてはマットへ戻り、四つ葉のクローバーを探し続けた。

 途中、フロアにいた三人組が怪しい動きをしてたんで、「ジョイントだろ?一服させろ」って半分くらい吸ってやった。やっぱコレがあると違うよね。玉とガスをクサで底上げ。うーん、最高だ。

 ウーに10個目くらいの風船をもらうころになって、ようやくそれがタダじゃないことに気がついた。風船を受け取ったヤツが金を払ってるのが見えたからだ。ウーに確認すると、小さな風船は300円、大きなヤツは500円で売っているらしい。だったら俺にも払わせろと3000円ほど手渡そうとしたんだが、「次から払ってくれればいい」と言って頑として受け取ろうとしないので、俺はサイフに常備してあるバイアグラをウーにプレゼントすることにした。そしたらアイツ、めっちゃくちゃテンション上がってさ、コレがあのバイアグラか!今日は好きなだけタダで吸ってくれ!だって。そりゃもちろん遠慮なくガンガン吸わせてもらったよ。