ビミョーな気分で「購入」したそのポップな色合いの錠剤をビールで胃袋へと流し込んだ俺は、パラパラと集まり始めた他のゲストとボチボチ挨拶を交わしながら、別世界へのゲートが開くのを今か今かと待っていた。その間もガシガシとビールを盗みつつリビングや中庭で陽気にハシャぐパリピどもを人間観察して時間をつぶしてたんだが、特に興味がわくようなイカレたサイコパスも見当たらないし、マサがトランスと呼んでいた音はいざ始まってみたら俺の苦手なハウステクノだったし、なんだかその空間に少し疲れてしまった俺は仕方なく別フロアの探索でもしようとソファから体を起こした。
俺が来たときからずっと鳴り続けてるハードコアテクノにも少し興味はあったんだけど、あんなブンブン鳴ってる場所でMDMA的愛情があふれだしてしまったら自我を保てる自信がない。みんな最高だウェーイ!なんて叫びながら誰彼かまわず抱き着いてしまいそうだ。それも悪くはないけど、ここは完全なアウェイ。今日が初対面のマサしか知り合いがいないこの状況で、変にブッ飛んでヘタなことしたら通報だってされかねない。タイミング的にはいつアガり始めてもおかしくない状態だ。ここはもう安定と安心のアンビエント様に頼るしかない。そこなら一人でまったりしていても文句は言われないだろう。
フラフラと階段を下ってテクノの音が遠くなるにつれ、地下フロアから落ち着いたリズムが聞こえてきた。ああ、やっぱりこっちの方がいくらかマシだな。安堵しながらドアを開けると、真っ暗なガレージの奥に簡単なDJブースがしつらえてあり、その前で3人の男がユラユラと揺れている。どこか腰を落ち着けられる場所を探そうと思ってフロアを見渡すと、左手壁際にチルアウト用であろうベッドマットが置いてあり、しかもラッキーなことに荷物すら置かれておらず誰も使っている様子がない。俺は早足でそこへ向かい、我が物顔でその上にゴロンと横になった。これこれ、俺が求めるのはこういうダラダラした感じよ。タダ酒飲んでクスリ食って、誰かが準備して片付けるであろうその場所を独占する。ローカルルールなんて知るもんか。今から全速力で旅に出る俺が最優先に決まってるだろ?準備は万端、あとは玉のアガリを待つだけだ。
ふと気付くと額には汗がにじみ、少しずつ息も荒くなってきた。俺はさっきから感じていた妙な眠気と疲労感の奥に何か別のものがあることに気付いて急に胸が高鳴り始めた。そろそろだ、そろそろ来るぞ!
ー シュワッ…シュワワッ…シュワワワワ……
ー 体の芯を抜ける、まるで炭酸のはじけるような、独特の心地よい感覚が始まった。
ー それと同時に顔が急に熱くなり手汗も止まらず、ジワジワと吐き気も襲ってきた。
ー 来た!来た来た!始まりやがったぞ!
ー 早く!早くあっちの世界へ俺をブッ飛ばしてくれ!
ベッドマットの上で目をつぶって通過儀礼の吐き気と戦いつつひたすらテッペンを目指す。気を抜くと今までのビールが一気に噴き出してしまいそうだ。落ち着いて、落ち着いて、息を大きく吸って、大きく吐いて…。そしてとうとう、アレはやってきた。
ー しばらく続いた吐き気が我慢の限界を超えようとした次の瞬間、まるで戦闘機がグッと急上昇するかのように強烈な勢いで、心の準備を遥かに超えた絶頂感そのものが、俺の意識を別世界へブッ飛ばし始めた。
ー エクスタシー特有の、助走ナシのブチアガリ。まるでフィナーレから始まる花火大会のように、頭の中で快楽物質がトップギアで炸裂し続ける。もう目を開けても視界がブレにブレて何がなんなのか理解不能だ。
ー 唐突に、場所も時間も人も空間も男も女も関係なく「最高」があふれ出す。
ー うおお!うおおあああ!最高だ!とにかく!最!高!だ!わかってた!わかってたぜ!俺もお前らもこの家もこの町もこの星もこの宇宙も!存在するすべてが最高だって!
ー だけど!今は頼むからほっといてくれ!なぜってそれは今この瞬間こそが最高に最高だから!これ以上の最高なんて俺には無理だから!あああ!最高だあああ!!
暗い地下室のシケたマットの上で、俺は歯をギリギリ、息はハァハァ、体はモジモジと、ひたすら襲ってくるエクスタシーにタコ殴りにされ続けた。玉はここまで来るともうどうしようもないからな。強制的な絶頂感が一分一秒ごとにその「最高!」をさらに超えて更新され続ける、それこそがエクスタシーのアガリってヤツだろ!ぐおお!最高過ぎるぜこの最高は!!