ポンプは爪のアカかタイヤのミゾか3

チリチリッ…チリッ……

  俺の目の前でササキがまた丁寧にシャブをアブっている。シャブのケムリは苦いけどウマイ、と俺が言ったら、「ラオ君にフルーツ味のシャブを体験させよう」と勝手に話がまとまり、ササキがその大役を名乗り出てくれたわけだ。俺はおとなしくストローを持ったまま、舟を睨みつけるササキの手元をぼんやりと眺めていた。

ー 目の前で白い結晶が透明の液体になり、ところどころから薄い煙がスッ…ススッ…と立ち昇る。

ー 舟底に小さな気泡が見えると同時に、中心へ向かって渦を巻く魔法の蒸気が現れた。

ー ひと粒ひと粒が肉眼でも確認できるほどゆっくりと、しかし怒涛のように激しく逆巻く、狂おしいほどに愛しい…あのケムリだ。

シュゥゥゥゥゥゥゥゥ………

 誰かの合図で俺は舟にストローを近付け、吸って、吸って、吸って、吸い続けた。できるだけ空気を吸わないよう、できるだけ蒸気のみを肺にブチ込めるよう、じっくりじっくり優しく吸ってやった。

 そろそろリミットも近くなった俺が手を挙げてストップの合図を送ったのに、ササキの野郎はニヤリと笑いながらアブり続ける。さすがに限界の俺がライターを払いのけてもしばらく煙は止まらず、息を止めてソファへ沈んだ俺の横でササキがそのおこぼれを鼻から回収していた。

ー 息を止めて数秒も待たず、ズドン!と快感が押し寄せた。

ー 緊張で冷たくなっていた手足がより冷たくなり、腰から腹、胸、そしてノドから脳天にかけて熱いナニカが昇ってくる。…ああ、最高だ。

 ッハァァァアアアアと息を吐きだしたが、ケムリはほとんどなくなっていた。

 目を開けると、そこにいる全員がニヤついた顔をしながら俺の第一声を待っているようだった。今こっちは言葉にならん状態だっつーのに。

「ラオ君の肺活量スゴイね!見てるこっちが飛んだよ!」

 誰となく話しかけてきたが、「いいねぇ、最高」としか答えられない。ホントは横になってしばらくほっといてほしい感じだ。フルーツもクソもあるか。飛べりゃいいんだよ、飛べりゃ。

 なんとか体を起こしてストローをテーブルへ置き、ありがとうお次どうぞと頭を下げてから、「確かにフルーツかもね~」とテキトーに付け足しておいた。

 そこからは誰も彼も関係なく持ってるネタをテーブル上にバラ撒き、吸ってしゃべって吸ってしゃべってのラリラリラリーですわ。もうね、右から左から全部ドラッグと暴力の与太話!アレがヤバかった アイツがヤバかった、次は絶対ブッコロス!などなどなど、誰が聞いてるのかもわからないまま、みんなでツバ飛ばしながらシャベリまくった。

 ああ、そういえば途中みんなで黙々とアルミを磨いた時間があったな。確か、ラオはシャブを焦がす、という話から、焦げるのはネタが悪いか火が強過ぎるか、もしくはアルミにシワがあっても焦げる、なんて流れで、誰が一番キレイに舟を作れるか競争することになったんだ。ティッシュで磨いたあと3回折り畳み、それをまるで一枚にプレスするように、爪の平らな部分で何度も何度も何度も何度も、たぶん1時間くらいみんな黙ってコスり続けてた。楽しかったけどね。

 ふとシミズが「おーし!そろそろ始めますかあああ!」と叫びながら立ち上がると、お~!待ってたぜ~!とみんなが騒ぎ始めた。ワケがわからないのでササキへ訊いてみたら、なんでもシミズは地元のクラブでDJをやっていて、何かをキメると決まって音を出し始め、みんなはそれで盛り上がるフリをする、という予定調和がこのグループにはあるという。いや、シャブに音とかいらないでしょ。少なくとも俺はいらない。

 それでも最初のあたりはゴア?サイケ?まぁそのあたりだったから聞き流せたんだけど、途中から異常に音がガチャガチャし始めた。よく聞いてみたらヒップホップとハードコアロックをミックスしようと奮闘しているっぽい。変なハマり方しやがって、迷惑だなーコイツ。そんな状況でも、地元のヤツラは慣れた感じでシミズの音を無視しながら、ぜんぜん楽しそうにワイワイと話を続けている。俺からすればどっちもどっち、完全に異世界なワケ。困るわー、この空間。

 その場から完全に弾き出されちゃった気がして、やっぱりポンプの人たちはヒトアジ違うな~なんてササキに言って笑ったら、ラオもやってみれば?と。そうくるか。もちろん、断固、拒否した。そんでついでに「アブリと比べてポンプってどんな感じよ?」って訊いてみたところ、まるで次元の違うイカレた返答がササキの口からツバとともに吐き出された。

「えーとね、足の親指の爪のアカ?」

「てゆーか、トラックのタイヤのミゾ?」

「おい、ラオ!これってスゲーいい例えじゃねぇ?ぎゃっはっは!!」

 目玉をひん剥いたササキがこう言ったのを、俺は一語一句たがわず鮮明に覚えている。俺の肩に手を置いてゲハゲハと笑い続けるシャブ妖怪ササキを見て、やっぱりポンプは怖いと心の底から思った狂乱の一夜だった。